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マーケで変えられる変数、変えられない定数 戦略ごっこ大検証

芹澤 連

本記事は、日経クロストレンドからの転載です。(転載元:https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00801/00021/?i_cid=nbpnxr_parent)

現代マーケティングの“当たり前”を変えつつある書籍『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』。本書の中核をなす「エビデンスベーストマーケティング」を啓発すべく、著者であるコレクシア(東京・中野)執行役員の芹澤連氏は日本市場におけるエビデンスの実証研究を進めている。前回に引き続き、日本マーケティング学会が開催した第195回マーケティングサロン「『戦略ごっこ』は日本にも当てはまるのか?」を基に、芹澤氏へのインタビュー後編をお届けする。


既存顧客のロイヤルティだけでは成長は不可能?

――やはりブランドの成長には浸透率が欠かせないことが理解できました。一方で、「既存顧客のロイヤルティだけでは成長できない」というのも『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』(日経BP)の大きな主張であったかと思いますが、そちらについてはどうでしょうか?

芹澤連氏(以下、芹澤) その命題についても実証を進めています。まずシャンプーカテゴリーの収益構造から確認していきましょう。

 図表8を見てください。短期(半年)~中長期(2年)のパレートシェアを算出すると、シャンプーカテゴリー全体では上位20%の売上貢献は57%/年で、期間を長くとるほど高まる傾向にあります。これは先行研究とほぼ同じ結果が再現されました。




――結局、パレートシェアというのは何を表しているのでしょうか?

芹澤 まず大前提として、パレートシェアはカテゴリー固有の定数です。『ブランディングの科学』(朝日新聞出版)でも指摘されていますが、同じカテゴリーに属するブランドである限り上位20%の売上貢献はほぼ一定になります。実際、シャンプー市場でもブランドレベルのパレートシェアは50%程度で、大きなブランドと小さなブランドでほぼ差はありません図表9)。



 その意味で、パレートシェアとは「そのカテゴリーがどういうビジネスになるのか」を大まかに規定する指標と言えます。例えばシャンプーであれば、ヘビーユーザーが半分、ライトユーザーが半分という売り上げ構造になる、どんなシャンプーでも大半がそういう商売になるということです。

 ですから、シャンプーのブランドマネジャーには、新規と既存の両方にアプローチするための戦略視点が求められます。



――やはりヘビーユーザーに対するロイヤルティ施策も重要だということでしょうか?

芹澤 語弊がないよう先に言っておくと、ヘビーユーザーの受け皿となるラインアップや、購入方法の選択肢を持っておくことは常に重要です。そこに疑いの余地はありません。

 しかし、上位20%のヘビーユーザーにマーケティングしていれば絶対額としてのパレートシェアが維持できるかというと、それはちょっと違います。逆説的に聞こえるかもしれませんが、市場のダイナミクス的にそうはなりません。

 同様に、よく「一般客をロイヤル客に育成する」とか「ヘビーユーザーの離反を防止する」と言う人がいますが、それは「育成や離反防止ができるのであれば」という条件付きの話です。ファンマーケやロイヤルティ系の取り組みにしても同じで、「上位20%のヘビーユーザーがどれだけの間、“ヘビー”でいてくれるのか」という前提を確認しておく必要があります。

 というのも先行研究によると、消費財などであればヘビーユーザーの維持率は年で50%くらいだといわれています(Baldinger & Rubinson, 1996; Romaniuk & Wight, 2015)。要は1年でヘビーユーザーの半分が入れ替わる(ライトユーザーや未顧客に落ちる)のが普通だということです。

 なぜそうなるかというと「平均への回帰」があるからですね。つまり、1人の消費者がある時期はヘビーになったりライトになったりを繰り返すというダイナミクスがあるからです。

 これは日本市場にも当てはまるのか、実際のデータで確認しておきましょう。図表10はシャンプーカテゴリーにおいて、2022~23年のヘビーユーザー(上位20%)が、23~24年ではどうなるかを表したものです。

 これも先行研究とほぼ同じ結果が再現されており、カテゴリー全体ではヘビーユーザーの維持率/年は50%程度です。さらにブランドレベルではヘビーユーザーの維持率は50%に満たない、つまり半数“以上”が入れ替わっていることが分かります。



 これの何が問題かというと、売り上げの半分がヘビーユーザーによるもので(i.e., パレートシェア:50%)、さらにその半分が1年で入れ替わるのであれば(i.e., ヘビーユーザーの維持率:50%)、単純計算で来期売り上げの75%は現在の未顧客やライトユーザーから来ることになります。

 ということは、結局パレートシェアの絶対額を維持するためにも、未顧客やライトユーザーに対する薄く広い事前想起、いわゆるメンタルアベイラビリティを形成しておくことが重要だという帰結になるわけです。


「カテゴリーのヘビーユーザーはリピートしやすい」に根拠はない

――とはいえヘビーユーザーはリピートしやすいわけですから、ロイヤルティの向上は重要では?

芹澤 ヘビーユーザーといっても、カテゴリーのヘビーユーザーとブランドのヘビーユーザーがいるわけですが、この2つは分けて考える必要があります。

 まず、カテゴリーのヘビーユーザーがリピートしやすいというエビデンスはありません。むしろ、「カテゴリーの利用頻度が高い」という行動と「同じブランドをリピートする」という行動は相反します(Dawes, 2020)。

 図表11は、シャンプーカテゴリーの購買頻度(ヘビー、ミドル、ライト)と、ブランドの規模(大中小)で分けたとき、消費者の行動ロイヤルティ(SCR)にどのような差があるのかを分析したデータです。



 SCRとは行動ロイヤルティを測定する指標の1つで、特定期間におけるブランド購入回数/カテゴリー購入回数と定義されます。あるいは購入額で計算することもあります(その場合はいわゆる「ウォレットシェア」になります)。

 各行を見ると、ブランドの規模にかかわらず、ライト→ミドル→ヘビーの順にSCRが明らかに低くなっていることが分かります。これは、カテゴリーのライトユーザーほど同じブランドを利用することが多く、カテゴリーのヘビーユーザーになるほど、いろいろなブランドを利用していることを表しています。

 つまり、カテゴリーのヘビーユーザーはそもそも1つのブランドのロイヤル顧客にはなりにくく、逆に同じブランドをリピートするロイヤル顧客にはライトユーザーが多いということです。なぜかというとライトユーザーは無関心層だからです。カテゴリーをよく知らないしブランド間の差別化にも興味がない。だからこそ「いつものでいい」「同じブランドで“済ます“」わけです。

 これがリピートの正体です。このように、ヘビーユーザーのロイヤルティを高めてリピートさせるという戦略は、そもそもファクトと合っていないのです。



ライトユーザーの「伸びしろ」が大きいワケ

――カテゴリーではそうかもしれませんが、ブランドのヘビーユーザーだと傾向が変わってくるのではありませんか。

芹澤 そう思うかもしれませんよね。ところが、ブランドのヘビーユーザーを主語にしても、売り上げの伸びしろはとても小さいことが知られています(Trinh et al., 2024)。

 売り上げは顧客数、購入頻度、買い上げ点数、価格に分解されるわけですが、1トリップ当たりの買い上げ点数は消費量の関数なので個人レベルではほぼ定数ですし、価格もころころ変えるわけにはいきません。そうすると、マーケティングで主に介入できる変数は「顧客数」と「購入頻度」の2つということになります。

*ある人が一定期間にそのカテゴリーをどの程度消費するかは、マーケティングではなくその人の生活文脈の関数(家族構成、生活費、年齢、習慣、etc.)。クロスセル・アップセルしやすいカテゴリーや、プライスポイントに変化をつけやすいビジネスモデルであれば、買い上げ点数や価格も変数になることがあります。

 この時、顧客数×平均購入頻度=総購入回数なので、ブランドのヘビーユーザーおよびライトユーザーの「カテゴリー総購入回数-ブランド総購入回数」をそれぞれの伸びしろとして比較すると、消費財などでは「ブランドライトユーザーの伸びしろ>>>ブランドヘビーユーザーの伸びしろ」というパターンになります(図表12)。



 なぜそうなるかというと、単純にライトユーザーのほうが多いからです(i.e., 負の二項分布)。確かにブランドのヘビーユーザーは一人一人の購入頻度や単価は高いわけですが、絶対数が少ないため、総購入回数の伸びしろは低くなります。

 逆にブランドのライトユーザーは、一人一人の購入頻度は低くても、絶対数が多いため、総購入回数の伸びしろは大きくなるわけです。こちらは現在、実証を進めているところなのですが、他にもロイヤルティ中心で成長できない理由は多数挙げられます。私が先行研究から把握しているだけでも、これだけあります(図表13)。



 いずれにせよ、実証結果が示すように、パレートシェアや平均への回帰、売り上げの伸びしろや消費者のリピート行動はカテゴリー固有の定数であり、マーケティングで変えられることではありません

 パレートシェアが大きい、あるいは利益率が高いからといって、単に「ヘビーユーザーにマーケティングすればいい」「ライトな一般客を育成してロイヤル客に変えていこう」というのは短絡的過ぎるということです。



――最後に読者へ向けてメッセージをお願いします。なるべくポジティブな内容で。

芹澤 戦略とは、「何をやるか」のみならず「何をやらないか」を決めることだといわれます。確かにその通りなのですが、エビデンスベーストの観点に立てば、“それ以前の問題”として「マーケティングに何ができて、何ができないか」を知ることが大切です。

 なぜなら市場や消費者行動には、変えられること(変数)と変えられないこと(定数)があるからです。まずはこのシンプルなファクトを受け入れてください。

 次に、これは書籍やレクチャーで何度も言っていることですが、なぜ「戦略ごっこ」が起こるかというと、マーケターが考えている市場や消費者行動の捉え方が、必ずしも現実の市場や消費者行動と合致していないからです。ビジネスでは、「XをすればYになる」と思っていても「実はそんな因果関係はなかった」といったことが頻発します。それは本報告を通しても明らかだと思います。

 ですからむしろ、「できることの範囲内で最適な取り組みを見つけ、解像度を高める」という視点に立ったほうがよく、その制限や条件を示すのがエビデンスなわけです。

 もちろん規則性には例外があります。そういう例外にインパクトファクターが隠されていることもあります。しかし何事も基礎からです。例外に手を出す前に、まず規則性をしっかり押さえましょう

――本日はありがとうございました。『戦略ごっこ』の原稿を初めて読んだ時と同じか、それ以上に考えさせられる内容で胃が痛くなりました(笑)。

芹澤 早く慣れてください(笑)。どうもありがとうございました。




【引用文献】

Trinh, G. T., Dawes, J., & Sharp, B. (2024). Where is the brand growth potential? An examination of buyer groups. Marketing Letters, 35(1), 95-106. Online supplemental Appendices.

Baldinger, A. L., & Rubinson, J. (1996). Brand loyalty: the link between attitude and behavior. Journal of advertising research, 36, 22-36.

Dawes, J. (2020). The natural monopoly effect in brand purchasing: Do big brands really appeal to lighter category buyers?. Australasian marketing journal, 28(2), 90-99.

Romaniuk, J., & Wight, S. (2015). The stability and sales contribution of heavy-buying households. Journal of Consumer Behaviour, 14(1), 13-20.

Sharp, B.(2010). How brands grow: What marketers don’t know. Oxford University Press.(シャープ, B. /加藤巧[監修]・前平謙二[訳](2018)『ブランディングの科学:誰も知らないマーケティングの法則11』朝日新聞出版)

執筆者

研究統括

芹澤 連

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「根拠のあるマーケティング」をけん引、啓蒙することを目的に設立されたマーケティングエビデンス研究の専門機関。企業のCMOやマーケティング担当役員、アカデミアが集結し、さまざまな先行研究・再現研究を通して、日本市場ならではの成長法則を発見し、知見や実践スキルを実務家に還元する。

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